もう何年も前のこと、第二回どうでしょう祭というものが、真駒内アリーナで開催された。
これは、水曜どうでしょうが行う大々的なイベントで、いわゆる藩主と呼ばれる、番組のファンが日本中から大挙して訪れるものだった。
チケットを確保するのさえ一苦労のお祭り騒ぎなのだけれども、あまり知らない人には信じてもらえないかもしれない。
この祭に、友人がどうしても一緒に行こうと言うので、苦労してチケットを取り、飛行機とホテルとレンタカーを抑えて、出掛けることにした。
夏休みシーズンは終わっていたものの、どうでしょうファンの民族大移動の影響は凄まじく、飛行機や札幌近郊のホテルの予約が困難になるほどだった。
さて、せっかく北海道に行くのだから、釣りをしないなんてもったいない。
しかし、日程は限られているし、一緒に行く友人は、年に一度だけ管理釣り場で、仲間内で「釣りバカ対決」をする程度しか釣りをしない。
これでは、川や湖で本気で釣りをするのは、無理そうだ。
そこで、あれこれと考えたり、調べた結果、たどり着いたのが、ビッグファイト松本という管理釣り場だった。
名前の響きが最高だし、竿が折れるほど力強く、管理釣り場とは思えないほど美しいニジマスが釣れるらしい。
自然産卵もしているようで、初心者とちょっと釣りをするには、充分すぎる場所のようだ。
ここに無理矢理立ち寄るようにスケジュールを組み、バッグにパックロッドを詰め込んで出発することにした。
新千歳空港でレンタカーを借り、支笏湖の近くを通って、伊達市にあるビッグファイト松本に向かう。
途中、エアコンをつけても曇りがとれないほど、窓ガラスが曇りまくったり、あの辺りを通るとだいたい食べてしまう、きのこ汁を味わったりしながら、ビッグファイト松本に到着した。
車から降りると、女主人に「タックルを持ってこっちに来て欲しい」と、小屋に招き入れられた。
ビッグファイト名物の個人面談である。
まずポイントカードを作ってもらい、ルアーやラインを、レギュレーションを守っているか、ちゃんと釣れそうか、チェックしてもらう。
女主人は、僕のイーグルクローのパックロッドとミッチェルのリールに興味をしめして、「これいいね~」と言ってくれた。
その瞬間に、「この人は、いい人だ」と、僕は一気に警戒心を解くことができた。
ラインが細すぎてはいけないというので、8ポンドのラインを巻いていったのだが、「それではちょっと太すぎるかも」と、女主人は心配してくれて、上から6ポンドのラインを巻いてくれた。
それから、水面で虫を食べている魚が多いからと、僕の持っていなかった甲虫を模したプラグを貸してくれた。
ここまでしてくれる管理釣り場が、他にあるだろうか。
この面談が嫌だという口コミを見かけたことがあるが、そういう人は、決まりを守らなかったり何かやましいことをしている人なのではないだろうか。そういう人達は、来てもらわない方が良い種類の人達だろう。
このように、しっかりと対応してくれれば、魚も釣り場の秩序も守られて、訪れた人は気持ち良く釣りをすることができる。
この面談に、僕は心底関心したのだった。
面談が終わり、いくつも池が連なっている敷地内へと、友人と二人歩いていく。
水はジンクリア。
その中を、虹模様とピンピンの鰭を揺らして、ニジマス達が泳いでいる。
友人と釣りバカ対決をする時に見るニジマスとは、別の魚のようだ。
この違いは、普段釣りをしない友人にも、しっかりと分かるらしく、関心をしていた。
釣りの方は、なかなか難しかった。
女主人の言う通り、水面への反応は良かったが、見切られることが多く、なかなかヒットまで持ち込めない。
バッタ型のプラグで、なんとか一匹掛けるも、友人と動画をとっていたら、ネットに入れる間際で逃げられたり、もの凄い勢いで走られて、6ポンドラインを切られたりしてしまった。
ちょっと、これについては、管理釣り場だと思って油断していたと反省せざるをえない。
そんな感じで、釣りはイマイチだったけれど、二時間ほどの時間で、魚とロケーションと雰囲気が素晴らしいということは、しっかりと体験できた。
そこら辺の川でタダで釣りができてしまう北海道で、管理釣り場に行く意義はなかなか見いだせないものかもしれないが、ここだけは別だと思う。
これだけ気軽に、これだけ良い魚に会えるのだから、お金を払って釣りをする価値は充分にあるはずだ。
釣りを終えると、僕と友人は定山渓温泉のボロボロのホテルに一泊してから、真駒内に向かった。
その夜、初めて聞かされたのだが、友人は近いうちに結婚するのだという。
気ままな男だけの、学生時代な延長のような旅行は、彼にとっては、これが最後だったのかもしれない。
魚釣りをしたり、温泉で卓球をしたり、どうでしょう祭に行ったりした、緩く奇妙な旅を、彼は今でも良い思い出として覚えてくれているだろうか。
今では、一人ぼっちで北海道で車を走らせながら、青春映画のエンディングシーンのよいに、僕はあの旅を振り返っている。
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