東京都の多摩川の上流部に、漁協が本流を利用して管理釣り場として営業している奥多摩フィッシングセンターという場所があります。
川原を造成し区画を作り、主にニジマスが逃がされているという、近頃流行りのエリアフィッシングというよりは、昔ながらのマス釣り場といった形態の場所です。
そんな形態の釣り場ながら、かなり昔からこの管理釣り場には、ルアー・フライの専用区というものがあり、私も子供の頃には何度か通ったものでした。
そして、今となってはちょっと信じられないようなことですが、ボウズの連続だったのです。
放流ニジマスがルアーで釣れない。
当時は、エリアフィッシングなんて言葉はなく、それほど管理釣り場での釣りが流行っているわけでもありませんでした。
釣りの雑誌などを見ても、管理釣り場はトラウトを釣る人達がオフシーズンに遊ぶ場所というような扱いだったと思います。
当時は私はルアーでバス釣りをしていたのですが、そういった記事か何かを見て興味を持ち、ルアーのできる奥多摩フィッシングセンターに親に連れていってもらうことになりました。
魚が沢山居る。
日頃からろくに魚が釣れない釣りを繰り返していた私には、まず目の前のこの状況に、感動すら覚えたものです。
そして、わらわらと群れているニジマス達の目の前を通るように、私は夢中でルアーを繰り返しキャストしましたのですが、全く釣れませんでした。
これは、技術的な問題よりもルアーに問題があったのではないかと、今では思っています。
当時は、エリア用の極小のスプーンなんてものは、釣具屋で売っていませんでした。そういったものが存在していたかどうかも分からないような時代です。
最も小さいスプーンといっても3グラム程度が普通だったような気がします。
それもペレットのようなカラーなどはなく、ギンギラピカピカの物しか売っていませんでした。
私は、そういった物をたった一つしか持っていませんでしたし、他にはよく売られていた5グラムや7グラムのスプーンをいくつか持っているだけでした。
これだけで、子供が管理釣り場でニジマスを釣るのは、結構難しいのではないでしょうか。
子供でなくても、ちょっと難しい気もします。
私ほどではないものの、周りで釣りをしている大人達も現在ほど充実した管理釣り場用のルアーを持っていなかったのではないでしょうか。
今のように永遠と釣りまくるような人は居なかった気もしますし、一時間に一匹釣るくらいでもかなり上手な人に見えた気がします。
そんなわけで、全く魚が釣れなかったものの、不思議と私はこの釣りに夢中になりました。
それほど頻繁ではないものの、何度も連れていってもらった記憶があります。
目の前に魚が居るのに釣れないという悔しさというものもあったのでしょうが、どうしたら釣れるのか考えたり試すのが面白かったのだと思います。
何度かニジマスがあと少しというところまでルアーを追いかけてきた光景は、今でも鮮明に覚えています。
放流されたニジマスとは言え、子供の私にとっては、それだけ情熱を注げるターゲットだったということでしょう。
さて、大人になってからふと懐かしくなり、奥多摩フィッシングセンターに行ってみたことがあります。
釣れなかったらどうしようかと、子供時代の苦戦の記憶から、とても不安になったわけですが、問題なく釣れました。
子供時代に持っていなかった黄色や緑やクリーム色のスプーンを、流れに乗せつつしっかり沈むようにゆっくり巻いてくるだけで、簡単に何匹も釣れました。
子供の頃、夕方に見回りにきた従業員のおじいさんが、釣れていない私を見て、「子供の頃からやってれば上手になるよ」と励ましてくれたことがありましたが、その言葉通りになったというよりかは、これは明らかに市販されているルアーの進化の結果だと思います。
一つで良いからエリア用スプーンを、少年時代の私に持たすことができたのなら、もっと早く奥多摩フィッシングセンターを攻略できていたはずですが、何十年も掛かったというのも、それはそれで良かったのかもしれません。
その日の私は、えらくご機嫌になれたり、感傷にひたったりできて、とても思い出深い釣りができたのですから。