釣りにゃんだろう

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『忠さんのスプーン人生』

私が一番好きな釣り関係の本は、ウォルトンの『釣魚大全』でも開高健の『フィッシュオン』でもありません。
常見忠さんの『忠さんのスプーン人生』という本です。
随分と最近発行された本だな、と思われるかもしれませんが、これがちょうど良い具合に味わい深く素晴らしい本なのです。


忠さんのスプーン人生とは。

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この本は、常見忠さんの本ということになっていますが、常見忠さんが書き下ろしたものではありません。

常見忠さんは、本の出版の計画が立ち上がった後に亡くなってしまったため、生前に残された原稿や過去の書籍の文章を、上手く編集して作られたものだそうです。

内容は、幼少期の釣りの思い出から始まり、 野球のピッチャーとして甲子園に出場しプロ野球選手になったこと、怪我をして挫折した後は薬剤師となり釣りを再開したこと、やがてスプーンというルアーと偶然出会ったこと、そこから釣りの世界は拡がり続けて、スプーンを自作・販売するようになり世界を駆け巡ったこと、などなど波乱と冒険に満ちた人生を振り返るものとなっています。

 

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常見忠さんは、このような人生を送られた方なので、文筆家ではありません。
当然、その文章は、個性的な表現があったり、思考を巡らせたような複雑な文体であったりするわけではないのですが、その点が私は釣りの本としては素晴らしいと思うのです。

常見忠さんの素直で分かりやすい文章は、釣りの感動まで素直に伝わってきます。

事実、開高健のオーパを読んでもあまり心を動かされなかった私が、この本を読んだ半年後くらいには、モンゴルのチョロート川に行き、釣り糸を垂らしていました。

それほどまでに、素直な感動や喜びの伝わってくる文章となっていると思います。

 

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また、この喜びというものが、「やった!釣れた!イエーイ」というような、近頃の釣りの世界でよく見かけるような、バカで間抜けな単純な喜びではない点も、読者の心を打つものになっていると思います。

常見忠さんの挫折と成功の繰り返しである人生において、釣りの喜びというものは、その人生の傷を癒してくれていた大切なものだったのではないかと、深く考えさせられるものとなっているのです。

 

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昔から釣りを語る時には、繰り返し引用され続けている「釣り師は 心に傷があるから釣りに行く。しかし、彼はそれを知らないでいる。」(林房雄/緑の水平線より)という言葉があります。

開高健も常見忠さんを見て、この言葉を使っていましたが、常見忠さんの人生は、まさにこのことを体現しているような人生であったのではないかと、この本を読むと感じさせられます。

 

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近頃の釣り人は実用的な情報を求める傾向が強いもので、あまりこういった本を読む人はいなくなってしまったのかもしれません。

しかし、そういった日頃から実用的な情報ばかり収集し、釣果と単純な喜びばかり追い求めているような釣り人にこそ、この本は読んでもらいたいものです。

釣りには、もっと奥深い心の世界があり、釣りを続けて様々な経験を重ねることは、まさに人生そのものだと、この本は気づかせてくれるはずです。