釣りにゃんだろう

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釣り人と水族館の魚のサイズ。

開高健の「もっと遠く」という本の中で、カナダの水族館に行った筆者達が、自分達が釣ってきたよりも小さな魚達が展示されているのを見て、「これは釣り人達の自尊心を守るために、小さな魚を展示しているのだ」というような意味のことを言う場面があります。

なるほど上手いことを言うな、と思ったものですが、このように釣り人の水族館に居る魚の見方というものは、ちょっと独特な気がします。


釣り人と水族館。

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釣り人は基本的に魚に興味がある人種ですから、「へぇ~」と言ってささっと魚を眺めるだけの観光客のような人達よりも、ずっと真剣に水族館の魚を観察するものです。

「これは釣ったことがある、これはない」
「こういう動きをしているなら、ああして釣れるはずだ」
などなど、釣りキチ目線で魚を観察しながら考えることが沢山あります。

 

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そんな中でも、一番大切になってくるの魚の大きさ(サイズ)です。

開高健は、カナダの水族館で「釣り人の自尊心を保つために、わざと小さな魚を並べているのだ」というようなことを言っていますが、世の中そんなに釣り人に優しい水族館ばかりではありません。

水族館には、自分が釣ったことのあるより大きな魚が泳いでいることが、少なくありません。
特に日本は乏しい自然環境の国ですから、自然の中の魚よりも、飼育されている魚の方が大きいことなんて、しょっちゅうあります。

こうなってくると、釣り人というものは穏やかな気持ちではいられません。
「むむむむ」と無口になって、自分の釣りのショボさを実感し、悔しさでいっぱいになってしまいます。

 

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そして、こう誓うのです。
今度は穏やかな気持ちで、この水族館に来られるように、これより大きな魚を釣るんだと。

このように、釣り人にとって水族館とは、水中の魚を観察することができる貴重な場所であると同時に、自尊心を破壊される場所でもあります。

ですから、できるだけ心に余裕がある時に行くようにした方が良いのかもしれませんね。
ボウズだった日などに行ったら、それはもう悲しいやら悔しいやらで、傷口に塩を塗り込むようなことになるのですから。