いつだったか、ある冬の日の日曜日の昼下がりに、ろくに魚が住んでいないような川原で、新しく手に入れたフライラインを試したり、キャストの練習をしたりしていました。
これは、釣りを知らない人から見れば意味不明で不審な行動であり、人が居る場所でやるのは結構恥ずかしいものです。
ですから、私は人のあまり来ないような、茂みを抜けないと河原に辿り着けない場所でやっていました。
ここなら、川原の遊歩道を散歩するような人達は来ないから安心だと、集中して練習できていたのですが、しばらくたつと何だか人の視線のような物を感じたのです。
近くに人が居るとラインが当たる可能性があり危険ですから、そちらの方に注意を向けると姉と弟というような小学生くらいの子供が二人、枯れ草の間からこちらを見ているではありませんか。
充分な距離があったので、そのまま練習を続けていると、子供達はこちらをずっと観察しているまま動きません。
そのうちにラインを交換してみようと私がしゃがみこむと、子供達は近づいてきてしまったのです。
そして、「すみません!」と礼儀正しく声をかけてきました。
わざわざ私の練習が一区切りつくまで待っていたようですし、相当気遣いのできるしっかりとした子供達のようです。
「すみません、何を釣っているのですか?」
と弟らしき子供が聞いてきたので、私は若干うろたえつつも
「いやいや、魚を釣っているんじゃなくて、練習しているんです」
と答えました。
すると彼は、「何の練習ですか?」と聞いてくるので、「あの…、投げる練習です」と私は答えました。
「投げる練習か…」と呟きながら、彼らは離れていってしまいましたが、全く意味が分からないといった、納得はしていない顔をしていました。
おそらく子供達には、釣りに練習なんてものが必要だとは思いもよらず、やろうと思えばすぐに誰にでもできるものだと思われているのかもしれません。
この場合、「この道具は誰にでもすぐに投げられるものではなく、練習が必要だからやっているんだ」と、ちゃんと私が説明してあげるべきだったのでしょう。
しかし、いきなり子供に話しかけられるという状況に私は戸惑いまくっていて、不親切な受け答えしかできませんでした。
考えてみれば、釣りであろうと何であろうと、多少は地道に練習をしたり努力をしなければ目標を達成できないということが、沢山あるはずです。
しかし、子供の頃はあまりそういったことは考えずに、「やりたいことは何でもすぐにできる」と思い込んでいたような気がします。
あの子達も、いつかこの事実に気づき、目標のために地道に努力するということを覚えるのだろうか、なんて考えながら、私は寒風に吹かれながらひたすらキャストを繰り返すのでした。