小雪ちらつくある早春の日に、私は北海道の小さな川に釣りに行きました。
ちょっとまだ水温が低過ぎるようなところはあるものの、小さな魚は沢山居る川でしたから、何かしらは釣れるだろうと思い、沈めるフライを中心に釣りをしていきました。
ところがです。
進めども進めども、小魚一匹釣れません。
私があまり釣りが上手でないことを考えても、その川で小さなフライを流して、何も魚が掛からないなんて、ちょっとした異常事態です。
そのうちに雪もひどくなってきたので、「ちょっと早春の川をなめていたな、自分がまだまだ下手なのだ」と思い、私は諦めて帰ることにしました。
しばらく川沿いの道を車で走らせていると、普通なら人っ子一人居ないはずの雪景色の中、道路の脇を歩いている人を発見しました。
その人は、自分が川を釣り下っていった方向とは逆向きに歩いてきています。
車が接近した時にその不審人物をよく見ていると、仕舞い込んだのべ竿を持ちリュックを背負った、餌釣り風のおっちゃんです。
そして、そのおっちゃんは肩から魚籠をかけ、それを重たそうに手で小脇に抱えて支えながら、ニコニコとしながら雪の中をゆっくりと歩いているではありませんか。
それを見た瞬間、私は「釣れなかったのは、この人が原因かぁ」と見当がつきました。
おそらく、私に先行してこのおっさんが釣りをしていて、餌釣りで根こそぎ釣っていたのでしょう。
そして、釣りを終えて道路に出て、引き返してくるところだったのだと思います。
川原がなく、常に水の中を進むような川だったので、足跡などで気づくことができなかったのだと思います。
それにしても、おっさんの魚籠の重そうな様子といったら、すごいものがありました。
肩から掛けているだけでは歩き辛くて、手でも支えているくらいなのですから、数キロはあったのではないでしょうか。
もしかしたら、魚籠だけではなく背中のリュックにも、釣った魚を入れていたのかもしれません。
翌週に、私の知りあいの知りあいの釣りの上手な人が、その場所に釣りに行ってしまったようですが、生まれて始めてその川でボウズだったそうで、衝撃を受けていました。
これは、もう明らかに犯人は魚籠のおっさんとしか思えません。
足取りがゆっくりになるくらい、ぎっしりと大量の魚を持ち帰ってしまい、その区間の魚が一時的に絶滅に近い状態になっていたのではないでしょうか。
私は、別に餌釣りをするなと言うつもりはありません。
北海道のように、うじゃうじゃと魚が沢山居る川なら、年に数回など多少の魚を持ち帰って食べるのも、そんなに悪いことではないでしょう。
ただ、何キロも釣れるにまかせて魚を持ち帰ってしまうのは、いかがなものなのでしょうか。
まあ、本当にそのおっちゃんが犯人だったという確証はないのですが、今だにこれに似たような「根こそぎ釣る切りおっちゃん」の話はよく聞くことではあります。
ああいった人達は、自分たちなりの価値観に基づいて、根こそぎ釣りまくっているのでしょうから、全く悪いことをしている意識はないのでしょう。
「自然の魚は釣りきるべきではない」という考えだって、あくまで我々の価値観から産まれたことであって、これが絶対的に正しいというわけでもないのです。
それにしても、ちょっと困ったタイプの釣り人のような気がしてしまうのは、私の考え過ぎなのでしょうか。