さて、もう一匹は釣れたのだから、これで落ち着いてあとは気楽に楽しもうと、少し下流に歩いて行ってみることにした。
しかし、釣りをする雰囲気としては堰堤の直下よりは抜群に良いのだが、どうもサケがあまり居る気がしない。
なにより、釣り人が一人も居ないので、釣れていないということなのではないだろうか。
これでは、どうにもやる気が起きないので、また堰堤の下に帰ることにした。
釣り人が集中している堰堤の下だって、嫌になるほど混んでいるわけではないのだ。
まず、エサ釣りの人達は、水の流れる堰堤に立ち、川のど真中にまっすぐ仕掛けを流している。
魚が掛かると、踏ん張りながら対岸に歩いていき取り込む。
だから、岸から釣っている分には、全くポイントがバッティングすることはない。
対岸には一人、ウェーダーにベストにキャップにサングラスで背中にネットという、完全武装のルアー釣りの人が居るが、川幅があるのでこちら岸とは全く関りはない。
同じ岸には、ジャージに長靴姿の大学生くらいの素朴な感じの若者が二人居るのだが、お互いに気を使い合いながら釣りができているので、居心地は良い。
彼らのほのぼのとした釣りを眺めているのも、なかなか面白いのだ。
対岸の完全武装の人とは違い、二人はバスロッドのようなもので、とにかく有る物でやってみようという、若者らしい釣りのスタイルだ。
こういった姿勢には、本当に好感が持てる。
僕も、古いリールに何用だか分からない海用のパックロッドで、専用の物は使わず、有る物でやってしまうという点では仲間だったからだ。
ベイトリールを使っている一人の若者は、なかなか上手らしく、度々魚を掛けた。バラすことも多かったが、サケを嬉しそうにゲットしていた。それから、もう一人の若者と座り込んで、のんびりと釣り方を教えたりしている。
一方で対岸にいる完全武装の大人は、一匹も釣れている様子がなかった。
その立ち姿からは、みるみる焦燥感が溢れてきていた。
一番釣り具メーカーに踊らされて、一番お金を使っている人が、一番釣れないという、理想的な展開のまま時間は過ぎていき、昼寝したくなるような、まったりとした午後の日射しに河原は包まれていた。
もう必死に釣りをしているのは対岸の完全武装の人だけで、後の人々は弁当を食べたり、座り込んで世間話をしたりしている。
三匹ほど釣ったし、反応が明らかに少なくなってきたので、僕はもう帰ることにした。
荷物をまとめると、お爺さんに見送られ、また町までの一時間ほどの道のりを歩きだした。
道中、大きなバックパックを背負って目立つ格好だからか、地元のおばあさんに話かけられる。
方言が理解できないため、何を言っているのか、半分くらい分からないのだが、温かい気づかいだけは伝わってくる。
町に着くと、今度は路線バスに乗って、帰りの夜行バスの乗り場である新幹線の駅に向かった。
ほとんど乗客のいないバスだったが、途中からは下校の小学生の大集団が乗ってきて、完全に包囲されてしまった。
楽しそうにおしゃべりをしながら、体に勝手によじ登って来そうな勢いだ。
少しばかり会話をして打ち解けた子供達とも、子供達がバスを降りる停留所がやってきてお別れだ。
金色の夕陽に包まれた農村の中に、手を振りながら子供達が一斉に駆け出していく。
こんなに平和で美しい光景が、ここにはまだあるのだな、と関心せずにはいられなかった。
やがて目的の駅にたどり着くと、すぐ近くにある温泉に向かった。
観光向けではなく、300円程度で入れる地元の人向けの温泉場のようだった。
受付のおばさんに、荷物を預かってもらったりとお世話になって入った温泉は「本物」だった。
建物は新しくなったばかりのようだったが、木製の湯船から溢れるお湯は、健康ランドのような日帰り温泉のものとは別物だ。
飛び交う言葉は地元の言葉で、なかなか理解できず、自分が遠くまで来たのだと旅情を誘う。
こんな風に、身体を温泉でしっかりと温めてから夜行バスに揺られて帰宅し、弾丸サケ釣りツアーの短い旅を終えた。
短い旅だったが、狙い通り魚は釣れ、半分くらい何を言ってるか分からないながらも、地元の人々の温かい心づかいに触れることもできた。
今度は、もう少しゆっくりと、またあの土地に行ってみたいものだな。
そう思っているうちに、その数年後には、奥入瀬川のサケ釣りは無くなってしまった。
いつだってこんな風に、ぼんやりと人生を過ごしているうちに、人も土地も環境も変わってしまう。
やはり、釣りや人生は今やるかやらないかなのだろうか。
元気な受付のお姉さんは、今でも元気なのだろうか。
声をかけてくれたお爺さんお婆さん達は、ご健在だろうか。
夕陽の中で輝いていた子供達は、大きく育っているだろうか。
そして今年も、あの川ではサケが跳ねているのだろうか。

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