釣りにゃんだろう

猫のように気まぐれに 独断と偏見に満ちた釣り情報をお届け

職場放棄してきたモンゴルの犬の話。

「カサカサカサカサ」
寝袋の中で眠りにつく直前の状態にあった時、テントにそんな音か響き始めた。

雨の音ではないし、風の音でもないようだ。もしかしたら雪なのだろうか。まだ9月の半ばだと言うのに。

言葉のあまり通じない人達と焚き火を取り囲んで、ウォッカをしこたま飲み、ジャイアントスウィングされているような感覚に襲われている頭で、僕は必死にそう考えた。

もしも、雪だとしたら、テントの外に居る彼は大丈夫なんだろうか。
そんな心配をしているうちに、とうとう僕は眠りの谷へと落ちていった。

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彼とは、名前も知らない犬のことだった。
この河原にやってきて、テントを設営した頃に、どこからともなくやって来た、黒くて大きな立派な犬だ。

おそらく、少し離れた場所に家畜を放牧をしていた遊牧民の所からやって来たらしく、特別美味しいものをあげたわけでもないのに、テントの周りに居着き、夜になっても帰ろうとはしなかった。

遊牧民に飼われているなら、夕方に羊を追いかけて集めるなど、多少なりとも仕事があるはずだけれども、その犬は完全に職場放棄して、僕達の釣りを眺めては昼寝を繰り返していたりした。


ぼんやりと外が明るくなり始めた頃、僕は何度も目を覚ましては、尿意を我慢して寝ることを繰り返していたが、とうとう我慢できなくなり、テントの入り口のジッパーを開けた。

一面、真っ白だ。
薄明の中、9月のモンゴルの河原は、青白い雪に覆われていた。その中を、ゴーと音をたてて、青い一筋の川が、せわしなく流れている。

 

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こんな状態なら、彼は家に帰ったに違いない、と思っいながらおしっこをしていたら、テントのすぐ横に、雪が軽く積もった黒い物体が動いていた。

「あらー、寒くないのかね?」
僕がそう声をかけると、彼は立ちあがり、嬉しそうに近づいてきた。
身体を撫でて、雪を降ろしてやると、この程度の気候なら全く問題ないような、充分な体温が伝わってきた。夜明けの雪原の中で、彼と少し遊んでから、僕は二日酔い気味の状態で、また眠りについた。

 

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それから、朝日が昇ると、雪はあっという間に溶け始めた。

釣りをしていて昼になる頃には、すっかり雪は消えてしまった。
やはり寒さの中では、熟睡はできていなかったのか、彼は、日なたぼっこをしながら、気持ちよさそうに、本格的に寝息をたてている。

 

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釣りの方はさっぱりだった。
タイメンの保護を訴える看板があるくらいの超有名ポイントらしく、当然ひっきりなしに釣り人は訪れているようで、何匹か大きなレノックが釣れた以外は成果はなし。
そのうち対岸にも、大グループがやって来て、テントを張って、釣りをしだしたので、もうこのポイントからは撤収することにした。

片付けをして荷物を車に詰め込んでいると、彼はようやく目を覚ました。
すりすりとすり寄ってきて、別れが近いことを理解しているらしい。

念入りに撫でてやってから、車に乗り込むと、彼は歩きだした。
それは、走り出した車を追いかける方向ではなく、彼の家があるらしい方向に向けてだった。ついに職場復帰する覚悟を決めたらしい。
それでも、何度も振り返っては、こちらを見てしっぽを振っていた。

遠い国の遠い場所で偶然出会った犬。
もう二度と会うことはないと思うと、なんだかたまらなく寂しい気持ちになって、彼が見えなくなるまで、ずっと見守っていた。

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本当は彼と同じくらいのサイズの魚を釣りたかったのに、それは叶わなかったので、この時の釣行は、魚よりも犬の方が、強く印象に残っている。