「とにかく夜は寒くないように準備しよう」
翌朝になり小遠征の支度をしていると、ルームメイトもハンサム君も繰り返し言ってくる。ダウンやヒートテックを準備して、濡れないようにパッキングする。
この時点では、今夜は夜釣りをしながら、ブルーシートを敷いて寝るくらいの、完全な野宿の旅だと思っていた。
それにしても、足の靴擦れの傷の状態が悪い。
昨日の夕方も、川を渡ったり崖を登ったりするのが、とても億劫だったので、今日は出掛けるのを止めようかと、何度もベッドの上に座り込んで考えた。
しかし、行きはボートで移動するのだし、せっかくの機会なのだから、と考えを決めて出発の準備を終えた。
どんよりと低い雲が立ち込め、雨がぱらつく中、ルームメイトとハンサム君と父親とガイドと一緒に、5人満載のゴムボートで、また増水気味になってきた朝の川に漕ぎだした。
「良い天気だね~」
なんて、皮肉を言い合ったりして笑いながら、川を下っていく。
時々、岸にボートを着けて上陸し、手付かずのポイントを攻めていく。
ハンサム君の父親は、今日もライトタックルしか使わないのだが、どこに行ってもレノックと小さいタイメンの入れ食いだ。
釣れる度に喜んで僕を呼んで、フックを外し写真を撮らせてくる。何だかもう、仕事のような感じになってきたが、僕は今日も勝負は夕方だと思っていて、昼間はまったくやる気がないので、いくらでもそれに付き合う。
繰り返し写真に収めているのと同じくらいのサイズの魚が、僕の投げる大きめのミノーにも時折ヒットするのだが、100%バレてしまう。
もう掛かった瞬間から、「あー、バレそうだなー」という感覚が手元に伝わってくるのだ。
この間は、フックに原因があると思って、交換してきたが、全く効果がないらしい。
ドラグを調整してみたり、リーダーを長めにしてみても、魚がバレてしまう。
どうも原因は、今回初めて使ったロッドが、ヘビー過ぎることのような気がしてくる。とにかく曲がらないロッドが僕には合わないらしく、あっという間に5年分くらいの魚をバラしてしまう。まあ、みんな小さい魚なので、オートリリースだと思えば、なんてことのないことだ。
ガイドもとても不思議そうに心配してくれるが、多分ロッドが強すぎるのだと言うと、納得してくれたようだ。
それから、彼は僕のルアーボックスを覗きこみ、「日本人はワンフックなのか?」と聞いてきた。どうもワンフックとは、シングルフックのことらしい。
日本人の全員が使っているわけではないけれど、「いつもこうだよ」と答えると、「ワンフック、スペシャルフィッシャーマンだ」と周りの人に言った。スペシャルもなにも、僕はこの国の法律を守っているだけなのだが…
ルームメイトとハンサム君は、朝から大物狙いで、ここには書けない釣り(お察しください)をしていて、ガイドはそれを黙認しているものの、あまり良くは思っていないようだということが、この発言から伝わってきた。
「ここは!」というようなポイントをいくつも釣っていくが、釣れるのはハンサム君の父親ばかり。
午後も川を下っていると、そのうち前方に真っ白な激流が見えてきた。
どうコースをとったところで、確実にボート水が入りまくること必至の、一番の難所のようだ。
「さあ、パーティだ」
とハンサム君が叫ぶと、その渦にボートは飲み込まれていく。
ドッボンドッボン、頭から何度も水を被る。僕は先頭に乗っていたので、船首に積まれた全員ロッドが飛び出さないように必至で抑える。
「わー、ツナミだー!」
など、叫びながら全員がズブ濡れになって、ようやく難所を脱出できた。
そのうちに、今日の宿泊地が見えてきた。
砂の堆積した岸にボートを着けると、すぐ横の森の中には小さな天井の低い小屋があった。
どうやら、ここら辺の少数民俗が使ったものらしい。
今日は、野宿ではなかったのだ。
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