何度目かのチンギスハーン国際空港。
夜の10時過ぎ。
旭川空港よりも小さくて、日本の田舎の町役場くらいの建物。
ちょっと来ない間に改装をしたのか、所々綺麗になっている。せっかく綺麗にしたのに、新しい空港を建てる計画もあるらしい。
入国審査を終えて、やや強度に不安を抱える自作ロッドケースを無事に回収すると、観光客の出迎えの人混みに突っ込んでいく。
日本語、英語、韓国語、人や会社の名前の書かれた紙を持った人々が折り重なり、壁のように待ち構えている。
いつものことだけれど、その中には、僕を出迎えてくれる人はいない。
だいたい離れた場所などで、さりげなく待っている。
釣りは観光とは違うと僕は思っているし、観光客と一緒にはされたくないので、その方が嬉しいのだけれど、出迎えの人壁からちょっとでも離れると、瞬間的にタクシーの客引きに囲まれることになる。
今回は、その勧誘があまりしつこくなく、簡単に退散してもらうことに成功すると、少し離れた場所からこちらに歩いてくる見覚えのある顔が見えた。
ウランバートルで、空港の出迎えなどの世話をしてくれる、英語の堪能なお姉さんだ。
二人、顔を見合わせると、人混みを突っ切り、笑顔で握手を交わす。
「ちゃんと、私を覚えていたのね」
と、まずはお褒めの言葉をいただいた。
と言うのも、このお姉さんは、結構僕に厳しく、あまり話さないと「もっと英語を話なしなさいよ~」としかってきたりする、コミュニケーションの先生のような人なのだ。
だから今回は、魚を釣る前に、お姉さんとしっかりコミュニケーションをとるということが、一つめの目標であった。
「空気はどう?私は国ごとに空気に特徴があると思うわ」
空港を出ると、お姉さんは詩的ことを言う。
「東京より乾いてるけど、暑くないですか?」
6月の夜にしては、妙に気温が高いことに、僕は驚く。
「最近、とても暑いのよ」
お姉さんはそう教えてくれる。
この時は、山奥まで行っても、あまり寒くなくて良いかもしれない、とプラスにこの気候を捉えていた。まだ入国したばかりで、希望に満ち溢れていたのだから、そう思うのも無理はなかった。
車の窓を開けて、乾いた夏の夜の風に吹かれ、笑い話をしながらホテルへと送ってもらう。
今は、心地の良い風だけれど、冬にはこの町の大気汚染は、北京以上に酷いものらしい。(そういう環境の状況なのだから、釣りに興味のある人は、早いうちに行った方が良いと思う)
いたる所で事故寸前というような修羅場の町を、難なく運転しながら、「あなたが来ないうちに、この町の車は、8割が中古のプリウスになった」
とお姉さんが言う。
8割は、大袈裟かもしれないけれど、確かに右側通行のこの国に、右ハンドルの日本から来たらしいプリウスが溢れかえっていた。
前に来ていた頃は、高級車も結構多かったのだけれど、どうも空前のエコカーブームがやってきてるらしい。
「前より良く話すようになったわね」
と褒めてもらううちに、ホテルに到着。
「明日の朝は、私は他のメンバーを空港に迎えに行くから、あなたはこの人に空港まで送ってもらうのよ」
と言われ別れた。
そう指名された愛想の良いフロントのお兄さんは、以前よりだいぶ太ってはいたけれど、見覚えのある顔だったので、安心感がある。
暑くてよく眠れない夜を越えて、約束の時間にフロントに行くと、お兄さんは僕のバッグを抱え、ホテルの前に停めてある車へと向かった。
その車の運転席には青年が
眠っていて、彼が僕を運んでくれると言う。
お姉さんがお兄さんに頼んで、さらにお兄さんが青年に頼んだようなので、彼は孫請と言ったところか。
二人の間には会話もなく、朝のウランバートルの喧騒の中を車は進む。
ぶつかる寸前で割り込み合う車、強気で道路を横断する歩行者、とにかく忙しくごった返している。
いつかお姉さんに、釣りから帰ってきた後に、その雄大な景色の写真を見せると、「羨ましいわ。私達はいつもこの町に住んでいるから」と言っていた。
モンゴル人が羨ましがるような奥地に、これから向かうわけで、そこはパラダイスに違いないと、この時は信じてやまなかった。
車の中では、モンゴルのヒップホップがかかり、サビは英語でしきりに「セックスしたい」と直球に繰り返している。
「今はセックスよりも釣りなんだよ」と僕は思いながら、しばらくお別れの都会の喧騒を眺めていた。
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