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ここが変だよ日本のフライフィッシング  外国人の師匠がいる編

フライフィッシング関係の書物などの著者の紹介文などを見てみると、よく可笑しなことが書いてあったりします。

「何年に○○へ 渡り、××××に師事」
などと書いてあり、外国に行き釣りを教わった師匠がいるというのです。

これはかなり可笑しいし、ちょっと恥ずかしいことなのではないか、と私は思ってしまいます。


なぜ外国人の師匠がいるのか?

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フライフィッシングは外国で生まれた釣りですから、その本場に行って、本場の人に教わるということ自体は、そこまておかしいことではないかもしれません。

そもそも「釣りは他人に習わなくてはできないのか?」という大きな疑問はありますが、まあ教わりたいのなら、外国まで行って誰かに教わるのは、その人の自由でしょう。


問題は、そのことを僅かな文字数しかないような経歴文に書いてしまうというところにあると思います。

そういった所に書いてある師匠の名前は、私が無知なだけかもしれませんが正直「誰やねん」というような人物であることがほとんどです。

しかし、わざわざそんな名前を書く人がいるということは、読んだ人全員が「誰やねん」と笑う人ばかりではなく、「誰だか知らないけど、凄いんだなぁ」と思う人がいて、わざわざ書いてアピールするだけの効果があるからなのではないでしょうか。

 

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日本人というものは、とにかく肩書きや権威に弱いと言われています。
例えば、芸術品などの世界でも、有名な作者のものなら、作品の出来には関係なく、大金を惜しみなく払うのが日本人の特徴です。
物事の本質を見る目がなく、肩書きや権威だけでしか判断できない人が多いということでしょう。

このような傾向が、もろにフライフィッシングをする人々にもあるのではないでしょうか。
「外国に行き本場の人に習ったのだから、この人は凄い、説得力がある」と思うような、恥ずかしい日本人的な判断力を持った人が多いのかもしれません。

 

このようなことは、「外国人の師匠」意外のことにも当てはまります。
○○認定インストラクターと書いてあれば喜んで習いたがったり、日本人でも有名な釣り人のことを崇め、言われるままに商品を買わされている信者のような人々もいます。

この肩書きや権威に弱い傾向は、他のジャンルの釣りよりもフライフィッシングの世界で顕著であると思います。

他のジャンルの釣りでも、有名で人気のある釣り人がいたり、その人を参考にする人もいるにはいるでしょうが、「本当はそんなに凄くない人だろう」とか「オレだって、これくらいの条件なら同じくらい釣れる」だとか、実はどこかで思っている人が沢山いるのではないでしょうか。
このように考えるということは、有名人に影響を受けることはあっても、あくまで自分の釣りの主体は自分であるということでしょう。

その証拠に、フライフィッシングと同じように外国から伝わった釣りであるルアーフィッシングの世界には、外国に行き他人に習ったことを自慢するような人はいません。
自分の釣りの世界では、自分が主役であるということが、当たり前なのでしょう。

 

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以上のようにして考えてみると、日本のフライフィッシングをする人々は、肩書きや権威に弱く、コントロールしやすい人種なのかもしれません。
ですから、ちょっとした有名人の肩書きや能書きで、そこまで価値がないような物にも、大金を惜しみなく払う人々がいるのではないでしょうか。
そういった物の中には、詐欺に近いようなものさえもあると思うのですが、喜んでそういった物を使っている人々を見かけたりすると、権威や肩書きに弱く、本質を判断する力がない人がいるのだな、本当に日本のフライフィッシングは恥ずかしいなと、思わざるをえません。