釣りにゃんだろう

猫のように気まぐれに 独断と偏見に満ちた釣り情報をお届け

釣り友達とフェンウィック

いつも釣りをする時は、一人ぼっちで風に吹かれているのだけれど、その年の春だけは、毎日会う友達がいた。

春が妙に遅い年で、5月の20日を過ぎても、その湖は解氷したばかりで、水位はかなり低かった。
連日、イトウ釣りに入っていた大きな島も、細長いブッシュ地帯で陸地と繋がっていた。

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そんな島とも陸とも言えないような場所で、ちょっと釣りに疲れて腰を降ろすと、どこからともなく彼は毎回必ずやってきた。
カロリーメイトでも食べようものなら、鼻をひくひくさせて興奮気味に、見つめながらにじり寄ってくる。

「あげないよ~」
と言っても、熊鈴を鳴らしても、じりじりと近寄ってくる歩みを止めないので、結局こちらが歩き出すことになる。ゆっくりと座ってもいられないのだ。

釣りをしていても、ふと振り返ると、いつの間にか彼は、後ろに立っていることが多かった。
そして、魚が釣れた時は必ず茂みの中から姿を現し、近くまでやってきて、僕が魚を取り込み、写真を撮り、湖に逃がすのを、じっと見ている。

 

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イトウはよく釣れた。
バカみたいに釣れた。

ブッシュを掻き分けて進んだ奥にある、ドン深のワンドに、水面を埋め尽くすほどのワカサギの群れを見つけると、そこがイトウの巣であるかのように、よく釣れた。
足元から何度も何度も、イトウが湧いてくるように姿を現した。

初日に、その時使っていたフェンウィックの古いグラスロッドに慣れるまでは、3連続でバラすという大失態を演じたものの、それでもその日は4匹釣れた。
バラしていなければ、イトウが7匹。しかも一匹を除いて、みんな70センチ以上ある魚だった。
僕は、魚を釣る度に後ろを振り返り、彼にガッツポーズをしたものだった。

フェンウィック FS70-4 - 釣りにゃんだろう

 

しかし、いつまでも同じ場所で、バカみたいに釣れるわけもなく、数日経つうちに、水位が上がったりと状況は変化し、なだらかなシャローなど、広範囲に魚が釣れるようになってきた。

こうなってくると、笑ってしまうくらいルアーが飛ばない僕のタックルでは、分が悪くなってくる。
予備で持ってきているカーボンロッドを使っても良いのだけれど、「自分の気に入っていない道具を使ってまで、魚を釣る必要もないだろう」と思えるだけの心の余裕があったので、徐々に釣果が落ちていくのにまかせていた。

 

 

明日には帰ろうか、という日。
その日は、とうとう昼過ぎまで、イトウが一匹も釣れなかった。
それでも、相変わらず彼は、朝から僕に付いてまわっている。

水位が上がり、岸と島が分断されつつあったので
「こんなことをしてないで、そろそろ島を出た方がいいんじゃないかなぁ。脚がびちょびちょになるよ」
と、説教をしてみたところで効果はなく、相変わらず僕に張り付いている。

以前に、人間に食べ物を貰って、相当おいしい思いをしたことがあるのだろうか。
それにしたって、食べ物も魚も、何ひとつ与えていないのに、何日もひたすら、人の釣りを見つめているとは、不思議なものだ。
前世が釣りバカの人間で、そもそも釣りに興味があるのではないか、とさえ思えてくる。

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「今日は、もうダメじゃないかなぁ」
午後に入り、彼にそう話ながら、ブッシュを掻き分け、初日からの爆釣スポットに向かった。微妙な距離をとりつつ、彼も付いてきている。

ここ何日かとは、風向きが変わり、そのワンドに向かって、強い風が直接入り込んでいた。
青空を映した湖面が、波になって、足元に打ち寄せては返している。
その光景に見とれながら、僕は風に負けてろくに飛ばないバイトの7グラムを、無心で投げ続けていた。

ふいにロッドが引き込まれた。
「巻いて巻いて巻いて」と、心の中で呟きながら、巻き合わせをする。
しっかりアワセは決まった。

ぐにゃりとロッドは弧を描き、ギシギシとジョイントが泣いている。
そんなに引きは強くないのだが重い。
目の前に来て、少し抵抗されたものの、イトウは無事にネットに収まった。
とは言っても、その太い魚体は、半分近くネットからはみ出している。

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「やったよ」
僕は振り返って、彼に喜びを伝えた。
彼はいつも通り、ただ見ているだけだったのだろうけれど、僕には少し微笑んでくれたように見えた。

それから、昼寝をし、少し釣りをしてから、僕は赤く染まる島を、夕陽が暖かく感じられるほど満足した気持ちで後にした。

 

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彼には、それ以来会っていない。
何度もキツネには、出会ったけれど、あそこまで釣りが好きなキツネはいなかった。
あれから何回、冬を越しただろうか。
あのキツネは、もうこの世にいないのだろうか。