かなり歯が鋭い魚を釣るのだけれど、僕はワイヤーリーダーを持っていなかったから、スナップをいくつか連結して、ラインの結び目からルアーのアイまでの距離をとることにした。
ルアーは、さっきの釣りキチ兄さんも持っていた、ニルズマスターのインビジブル。ただし、サイズは兄さんのより小さいものだ。
釣りを始めると、スピナーを使っていたモンゴルの人に、すぐにアタリがあった。しかし、ワイヤーリーダー等を使わず、ラインを直結していたので、あっさりと切られてしまった。
僕には、なかなかアタリがない。
おじさんは、ボートを漕いでいなくても、息が上がり気味で、その呼吸音だけが湖上に響いている時間が流れる。
そんな中、僕達のボートより少し沖合いに、釣りキチ兄さんの船が漂っていて、ちょっと遠目に見ている間にも、何匹もパイクを釣っていた。
そこで僕達は、釣りキチ兄さんに素直に指導を仰ぐことにして、おじさんがおんぼろオールでエイコラ漕いで、兄さんに接近していった。
ボートを兄さんの船の横につけて、ちょうど1メートルくらいのパイクを釣ったところの兄さんに、相談をしてみる。
「場所は、ここら辺で問題ない」と言っているようだ。
それから僕の使っているルアーを見て「もっとデカイ方が良い」というようなことを言った。
僕はケースから、フラットラップの16センチを取り出して見せてみると、兄さんは「それが良い!」と頷いた。
兄さんお薦めのルアーに変えて、キャスティングを繰り返してみる。たまにウィードがフックに絡んでくるので、何の変哲もない湖の真ん中だけれど、なかなか良いポイントのようだ。
5投もすると、アタリがあった。ロッドを立てて、時折カーディナル66のギーというドラグ音を、湖に響かせながら、魚を寄せてくる。
あまり苦もなく寄せられるわりには、魚は結構大きそうだ。
フィッシュグリップを使って、船の中に取り込むと、1メートル以上あるパイクだった。
和名はカワカマスという名前の魚だけれども、その大きな口には、日本で見るカマス以上に凶悪そうな歯が、びっしりと並んでいる。
そのわりには、目つきはちょっととぼけたような、可愛い顔をしている。
かなりの食いしん坊らしく、口の中を覗くと、食べたばかりの魚の尾鰭が見えているし、お腹ははち切れんばかりにパンパンだ。
モンゴルの人達が「食べよう、食べよう」と言うので、キープすることにした。
魚は、適当に足元に置いておくしかないのだが、やはり船は若干浸水しているようで、足元には水たまりができていて、ちょっとした生けすのようになり好都合だ。
兄さんお薦めのフラットラップは、それからもよく釣れた。
足元から沸き上がるようにパイクが飛び付いてきたり、パーチも食いついてきたりして、あっという間に、その木製のボディには、ザクザクと魚の歯跡が刻まれることになった。
何匹かパイクをキープすると、風が強くなってきた。遮るものも何もなく、緑の草原の地平線から風が押し寄せて、波が高くなりつつあった。
このボロ船とエイコラおじさんに、あまり無理はさせられないので、そこでまでで引き上げることにした。
岸に着いて、おじさんにいくらかお金を渡すと、「いい仕事したぜ」という感じで、船に腰掛け一服吹かしながら、強い風に吹かれて休んでいる。
パイクは、すぐに食べてみることになった。
石の上に置かれた大魚。
バックには、どこまでも緑が続き、空は雲一つなく青い。こんな光景を見るのは、人生で一度きりの体験だろうなと思う。
捌いてみると、お腹の中からは、20センチほどの魚が何匹も出できた。
揚げ物にしてもらい食べてみる。
白身の美味しい魚。
毎日、食事がこれでも、僕は文句はない。
草原で風に吹かれながら、野生の大魚を味わう。
何かの本か、テレビのドキュメンタリー番組のような体験をしているような、現実離れした風景と魚を、僕はじっくりと味わっていた。
時々、まぶしすぎる青空を見上げて、それをしっかりと心に焼き付けながら。
あれから、もう何年もたつけれども、あれ以上に青い空を僕は見たことがない。パイクも、あれ以来釣っていない。
言葉もろくに通じない人達と、青い世界で笑い合っていた時間は、夢だったような気さえしてくる。
けれども、フラットラップの16センチに刻まれている歯跡を見つめれば、確かにあの日、僕はあの湖に居て、異国の人達と釣りを楽しんでいたのだと、何度でも思い返させてくれる。
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