釣りにゃんだろう

猫のように気まぐれに 独断と偏見に満ちた釣り情報をお届け

オールドリールと相互理解。

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海外に釣りに行くと、出会った釣り人が、シマノやダイワのリールを、嬉しそうに、また少し誇らしげに、日本人の僕に見せてくることがある。
どうも海外では、シマノやダイワのタックルというものは、最高品質の一級品であり、それを使っていることが、一種のステータスであるらしく、それをそのメーカーの母国から来た僕に、伝えたくて仕方がないらしい。

そして、その次の瞬間には「君はどんなリールを使っているのか」と、かなりの確率で興味津々で聞いてくる。
SHIMANOの国から来た奴なんだ、さぞかし凄いリールを使っているんだろう」というように、明らかに期待している目付きをしている。

 

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しかし、残念ながら僕はステラを持っていないし、シマノやダイワのリールも持ってきておらず、50年前に作られた骨董品のようなリールを取り出すことしかできない

これにより、「ぽかーん」という感じの、時が止まったようななんとも不思議な空気が流れることになってしまう。

 

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さて、ここからが大変なのだ。僕は、どうしてこんな人々を沈黙させるような古いリールを使っているのか、なんとか説明しなくてはならない。
それも、つたない英語でしなくてはならず、相手も英語に長けているとは限らない。

まず単純に「こういうのが好きなんだ」と、言っても「なんでこんな不便そうなものを?」という顔をしていて、全く納得はしてくれない。

そこで、もう少し踏み込んで、「日本では、みんながシマノかダイワのリールを使っている。僕は、同じのを使いたくないから、こういうのが好きだ」と、言ってみる。
これでも、あまり納得した顔はしてくれないし、自分でも、ちゃんと理由を説明できていない気がする。
しかし、これぐらいまでが、僕の言語能力の限界である。
とりあえず、「変な日本人だ」ということだけは伝わるようだけれど、なんとも釈然としない空気は流れ続けることになる。

 

時には、「そのリールでは心配だ」と、親切にもリールを貸してくれる人もいたりして、「変な困った日本人」として扱われてしまうこともある。

こんな風に、人に心配や迷惑をかけてしまうなら、期待されている通り、ステラを買ってもっていこうかと考えてしまうこともある。
高い高いとは言っても、自動車のような値段なわけでもないのだし、ちょっと無理をすれば買えるのだから。

 

けれども、文化や言語の違う人達と理解し合うのを、こう簡単に諦めてしまって良いのだろうか、真面目に考えてしまったりもする。
こんなことでは、世界平和なんて、ほど遠い話だ、と大袈裟に考えてしまったりもする。

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ある時、僕が親切を断り切れずに、借りたリールで釣っていたのを見ていた一人の人が、帰り際に優しくこう言ったことがある。
「帰ったら、あのリールで、好きなだけ大きい魚を釣りなよ」
少なくとも、この人には、僕の趣味や気持ちというものが、どうやら伝わっていたらしい。
つたない言葉でも、全く気持ちが伝わらないということはないのだ。
あの温かかった言葉を時々思い出しながら、僕は今日も日本で古いリールを使い大魚を追い、愛と平和と相互理解について考えている。

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